サダコの爆笑闘病生活(1)

昨年5月に母サダコの米寿祝いをした数日後のことである。



早朝4:30、電話が鳴った。



ドキッ!! こんな時間の電話にいい事はないと思いつつ電話に出る。



「こちら○○(隣接の施設名)です。



今、お母さんが救急車で運ばれました。転ばれたようです。



病院が決まりましたら又お知らせします。」



思わず「生きていますか?」と聞いた。



「大丈夫です。」との言葉にひとまずは安堵した。



88歳までは必ず生きるを目標にしていたサダコ、目標達成で



大丈夫かなと思っていたところだけに慌てた。



長いゴールデンウィークを楽しみ切った長女が東京へ帰る日



の朝だった。すぐに起こし、事情を説明。



病院が決まった知らせを受けて、すぐに向かう。



休日なので人は少ない。母の保険証を手渡すと、



「あれ?名前が違います。」と言う。



同行してくれた看護士さんが持って来たカルテと違うと言うのである。



カルテ?ディサービスの時、作ったのかな?と思った。



名前を見ると○○。違う。頭を打って分からないのかしら?



と不安がよぎる。



年齢84歳。この場に及んでまで少々若く言っている。と笑えた。



それとも別人かも・・・と期待する。



係りの人に「とにかく、確認できないことには、検査ができない」と言われ



会いに行くことに。



廊下を走りレントゲン室に向かう。



手前まで来ると、分厚い扉の向こうから声がする。



思わず「母です。間違いありません。」と答えた。



元気な叫び声に安心した。



結果、大腿骨骨折。あ”っ〜!!



と言う訳でサダコの闘病生活が始まったのである。